コラム_教育虐待について

こんにちは!仮り暮らしの徳永です。

今回のお題は「教育虐待」についてです。

普通、虐待は「身体的・性的・心理的・ネグレクト」に大別されますので、新種の虐待行為です。

 

教育虐待って?

おおざっぱに言うと、子どもに負担が大きい習い事をさせたり、子どもが望まない進路に行かせたり、はたまた「100点以外は0点、100点取って当たり前で、そうでなければ罰を受けるべき」といった考えです。心理的虐待との合わせ技です。

 

習い事編

  • 週5で習い事
  • 週2で塾

言うまでもないことですが、子どもだって休みは必要です。それを、やれ習い事だ塾だと忙しくさせては休まる暇がありません。

「若いうちの苦労は買ってでもしろ」という言葉もありますが、やりすぎると(やらせすぎると)疲れてしまって成長も何もありません。本末転倒ですよね。百害あって一利なしです。

学校の宿題だってあるのに、いつ塾の宿題をこなす時間があるのでしょう。子どもはいつ休めばいいんでしょうか。子どもは良く遊びよく学べの言葉のとおり、遊びが必要なんです。強制された勉強ばかりしていると、遅かれ早かれ心を病みます。

たとえば

A子ちゃんのお家は教育に熱心な家庭。学校から帰ったら20時まで塾、その後は塾の宿題、合間合間にご飯を食べて風呂に入り、0時にやっと寝る生活が続いている。

これ、ちょっと待ってどこのどういう奴隷だよと思いませんか。遊べないじゃないですか。繰り返しますが、子どもというのは「よく遊びよく学べ」の言葉のとおり、遊びもないといけないんです。

子どもはただ遊んでいるわけではありません。遊びからコミュニケーションやルールを理解し行動するといった社会性も学んでいるのです。

こんな(本人が望まない)生活で、はたして健康に育つのか、子どもの心が壊れてないか心配になりますね。子どもが望んでいるなら子どもも心のバランスが取れるでしょうが、強制されているなら子どもは何の楽しみもないまま1日を終える生活が何年も続くのです。私だったら裸足で逃げ出します。

習い事を多くやってるご家庭さんに「ウチの子はゲームばかりで困るわぁー」という親御さんがいますが、のんきなことを言ってないで、果たして子どもがゲーム以外で日常を楽しむことができているか?を心配してよ、と思います。ゲーム以外に楽しみが無いなら、そりゃゲームに依存するって。

 

進路編

  • 子どもが望まない進路を勝手に決定
  • 子どもの進学を妨害
  • 子どもの就職を妨害

エスカレートすると、「せっかく合格(採用)いただきましたがウチの子は辞退します」を勝手にやります。

子どもの人生は子どものものです。自分が努力した先になりたい自分がある。やってみたいことがある。だから努力できるのです。人は「やらされる」よりも「自発的にやる」方が興味関心を強く持てますし、身が入ります。

日本は大学で何を学んだか?でだいたいの進路が決まります。その後の転職などありますがね。子どものこの先ウン十年に関わることを「親が気に入らないから」で棒に振っていいわけがありません
子どもがやりたいことと、親がやらせたいことは違って当たり前です。

大人だって「お前今日から定年まで営業職やれ」「君は来年から定年までプログラミングやれ」と言われて耐えられる人はいません。石の上にも三年とか、やってれば好きになるとか言いますが、ムリなものはムリです。むしろマイナスイメージから入っているのだから、好きになる確率なんてほんっとーに低いと思います。

短期大学なら2年、大学なら4年学びます。ということは、親の希望に沿って入学した学校を卒業し、自分がやりたいことを学ぶために別の学校に入りなおしたとした場合、同い年なのに2年から4年の差がつくのです。

 

成績編

  • 100点以外は0点と同じ
  • 100点?当たり前だろ、褒めるシーンじゃないでしょ。
  • 70点?はぁ?何やってんの?なんなの?

子どもの頑張りを誉めない親っているの?と思うでしょうが、普通にいます。子どもは「こんなに勉強しても怒られた、自分はダメな人間だ」と自分を呪うようになります。そしていつしか100点を取ったとしても、待っているのは喜びではなく「そんなの当たり前だ」と言われて感じる絶望でしょう。

子どもは親に褒められることで自尊心や向上心を育みます。友達や先生の言葉もそりゃ大事なものですが、親のそれには及びません。

 

教育は誰のためのものか?

子どものためのものです。親のためではありません。繰り返しますが、子どものためのものです。子どもが「明日」を生きるために必要なものです。

もちろん、親には親の考えがあると思います。こらえ性が無いから武道をやらせたいとか、学校の勉強に付いていけないから塾に行かせたいとか。それは、子どもが頑張れるかどうかをよく考えてあげてください。子どもの様子を見てあげてください。へばってませんか。気負いすぎていませんか。

そして、手段と目的を間違えないでほしいです。挙げた例でいうと「こらえ性が無いから」武道をやるということは、つまり「武道をやらないと」こらえ性が身に付かない、「授業についていけないから」塾に行くということは、「塾に行かないと」勉強についていけない、と考えているようにも受け取れますよね。

家庭でできることはありませんか?忙しいからと、子育てを他人に任せていませんか?子どもとコミュニケーションはとれていますか?その教育は、誰のためのものですか

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