徳永について_2_宗教

徳永シリーズ2回目です。
 
今回の内容はあくまでも、「私」目線のお話です。ちょっと長いですがどうしても書きたくて、盛り込んでしまいました。
 

宗教のこと

母親の宗教がキリスト教(カトリック)なので、私も勝手に信者にされました。

毎週日曜日に母に連れられて妹と一緒にタクシーで教会に通っていましたが、私は「キリスト教/教会」が大嫌いでした。というと過去形みたいになりますね。今でも大嫌いです

今では無宗教と言うのか、気分次第で宗派を問わず色んなお寺や神社に行ったり行かなかったりです(教会の敷地には入りません)。あとハッキリ言って、キリスト教は大嫌いです(2度目)。

嫌なところ1:ミサと告解

ミサは神父の指示に従って立ったり座ったり歌ったり聖書の一部を読んだりすることで、告解は「私はこういう悪さをしました。反省します」ということを神父に告げて説教を受けるイベントです。

私は信心深いわけでもないし、というか全く信じてないのに、ミサには強制参加させられるし、「立ったり座ったり」でほぼ毎週脳貧血になり、自分にとっては何の意味もない聖書を読まされ、歌わされ、告解にも(言うことないのに)無理やり行かされ、何が偉いのか分からない偉そうな、態度のでかい糞親父に何を言えというわけ?
 
と思ってました。
 

嫌なところ2:人間

 
周りは「カミサマ万歳」な、二言目には「カミサマのおかげ」「カミサマは見てくれている」な人ばかりです。
 
信者さんには申し訳ないけど、私は自分の意見を曲げるつもりもごまかすつもりもないのでハッキリ言わせていただきます。
 
めちゃくちゃ気持ち悪いです。あんたら自分じゃ何も努力しなかったわけ?それとも、カミサマがいないと自分じゃ何をしても無意味ってこと?意味分かんないです。
 
ていうか、幼少からこう思ってました。何が「カミサマのおかげ」なの?カミサマがなんかした?暮らしが楽になったかよ。と。今でも思ってますよ。
 
頑張ったのはカミサマじゃなくて「自分」で、「自分が頑張ったから」いまの生活がある。カミサマは何にもしてませんし、しません。宗教にかこつけて人が努力したことを無かったことにするなっつーの。しかもその考えを人に、ましてや子どもに押し付けるなよ。
 
皆さん悪い人ではないんですよ。でも嫌でした。本気でそう思ってる人ほど目がイッちゃってる。
 

つまり全てが嫌!

とはいえ子どもは逆らえません通うのを拒否すると腕を掴まれ無理やり力づくでタクシーに乗せられ通わされました。そのうち抵抗を諦めました。運転手さんに苦笑いされるのが恥ずかしかったからです。
 
それでも室内に入るのは断固拒否。ミサが始まってしまえば母親は騒げないし抜け出せませんから、始まったら私は一抜け、終わるまで何かをして過ごしていました(日曜学校にある図書は全てがカミサマ賛美でおぞましかったので、漫画を持参)。
 
これには母親も容認するしかなかったようです。ミサで私が体調を崩すのを何度もわざと見せたので。

中学生になってからは腕力もついたので、教会通いに徹底抗戦。この頃には「家は借金だらけ、給食費の支払いすらも別払い」「友達もいない」という現実がありましたから、いっそう「宗教」が嫌いになっていました。

親:「神様はいる!神様のおかげで生活できてる!信じないなんて、なんてバカなの!」「学校で何を習ってるの!」
 
私:「カミサマは人間が作り上げた偶像!じゃあ何か、カミサマ誕生以前に死んだ人はみんな地獄に行ったのか!?カミサマが何かしてくれたか!何をしてくれたか言ってみろよ!毎月毎月トータル5千円も寄付してもったいない!そんな金があるなら家に使え!」
 
(何度も)ケンカして、私を通わせるのを諦めさせました
 

毒親エピソード

小学校の理科だか社会だかの授業で覚えた「人間は猿から進化した」を母親に話したところ、「それは違う。人間は神様が作ったの。教科書が間違い。学校で何教えてるのまったく。」と真顔で返されて「だめだ話にならんわこの人、頭がイカレテル」と呆れたし、図書室から「偉人伝 ブッダ」を借りた時は「気持ち悪い!そんなもの読むな!」と言ったのを聞いて「私の母親は異常だな」と認識したっけ。

人間はサルから進化した説を、真っ向から否定するのは、もはや宗狂としか(- _-)。。。

いやーびっくりですよね。
 
ちなみに私はお寺も神社も初詣も、成田市で毎年七夕を挟んだ3日間で開催される祇園祭も、一番行きたい盛りの小中学生時代に行けませんでした。周りの子はみーんな行ってるのに、私だけ行けなかった。
 
私には仲良くしてくれる子が1人いて、その子がいつも誘ってくれたのでどうしても行きたかったのですが、いつも断らざるを得ませんでした。その子は私の事情をいろいろ察してくれていたのが救いです。
 
なぜお寺や神社に行けなかったかというと、母親の宗狂です。
 
「キリスト教徒は寺も神社も行かない、だから寺の祭りにも行かない」と強い嫌悪感むき出しで私の言うことには取りつく島もなかったですし、小学校の遠足で成田山公園に行った日は「なんで寺なんか行かせるの気持ち悪い。お参りしたの?何したの。」と執拗に聞かれ、小学校の修学旅行でお守りもどき(よくある「家内安全」地蔵)を買えば「なにこれ!なんでこんなもの買ってきたの」と言い放ち、その週の日曜日に私の目の前で神父に見せ、「子どもがこんなものを買ってきた。大丈夫?捨てたほうがいい?」と言い放ったのを覚えています。
 
子どもが買ってきたものを目の前で、しかも「捨てたほうがいいか」なんて言うか普通。
 
なので、自立して初めて行った初詣も、初詣でお守りを買うのもすごくドキドキワクワクしたことを覚えています。お守り1個買うのに何十分もケースの周りをうろついて(迷惑)、スマートフォンでお守りの意味なんか調べちゃって。でも1月の寒さなんて気にならなかったです。
 
さて、次回は「幼稚園時代」がテーマです。
早生まれなので周りの子より1歳下、そして幼少期は月齢がモノを言う。
そんなところに人見知り&友達いない&いきなり年長クラスに放り込まれた私は大いに困惑し、5歳児にして不登園になります。
 
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