徳永について_15_父のこと

14回目は父のことについてですが、父についてはあんまり不満がないんです。
*2019/7/10 追記
父は2019/3/18 食道がん起因の多臓器不全により、享年70歳で亡くなりました。

勤勉で真面目な倹約家

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父は仕事に対して忠実、というか勤勉で、勤続30年以上だったかそのくらい会社に尽くすような人でした。仕事に厳しい人なので、鬼と呼ばれつつも親しまれていたそうです。
空港で機内食を作る料理人をしていた父は、包丁セットも立派なものを持っていたし、フランス料理の勉強をしていたみたいで、自分でフランス語で書いたレシピ集が辞典のような分厚いノートにまとまっているのを何冊も見た覚えがあります。他にも経済学みたいな本とか、株や投資といった金融系の本も。
本棚をじっくり見たことはないのですが、たぶん私が遺品整理をすることになったとしても、おいそれと捨てられない本ばかりだと思います。惜しかったですが収納スペースがないため全部処分しました。百科事典やフランス料理のプロが書いたようなレシピ本がたくさんありました。
その会社も、借金の任意整理のために自己退職してしまいました。あと数年で定年退職を迎えたはずなので、どんなに無念だったか。
また、父は倹約家でした。水道の水を流しっぱなしにしない、駅まで徒歩20分の距離を雨の日でも歩いて通勤、病院も基本的に徒歩通院。病院も歩いて20分の距離にあるものです。晩年はバス移動をしていましたが。

自宅では普通のお父さん・オッサンだった

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晴れた日には公園に連れて行ってくれてブランコを動かしてくれたり滑り台に乗せてくれたり、自転車の乗り方を教えてくれたり、プールに行けば泳ぎの練習をしてくれました。
夏になればパンツ一枚でうろつき、その格好でベランダでタバコを吸い、そのベランダから見える範囲で子どもがたむろしていたら「ここは住宅街だ、騒ぐ場所じゃない。公園に行きなさい」と言って追い払ったり、金曜ロードショーを居間で見るときはよくある肘付きスタイルでした。
食事マナーを教えてくれたのもたしか父です。ご飯粒を残さないこと、お箸の持ち方、左手はお茶碗を持つこと、もし平皿が出たなら左手を平皿に添えること、もしくはテーブルに置くことといった基本的なものを教わったような気がします。
でもクチャラーなのがすべてを台無しにしていましたが。。。私はクチャラーではないですよ。魚の食べ方は、父が教えてくれる前に母が全部自分で身をほぐしてしまうので教わる機会がありませんでした(ママがやった方が早くて安全ナノ!)。
そうそう、父が餃子の皮を「生でも食える大丈夫」と言って本当に生で食べて食あたりを起こし救急車で運ばれたのは今でも笑える思い出です。

私の自主性を尊重してくれた

私が小学生の時に初めて家庭科でホットケーキを作って、「自宅でもホットケーキを作りたい」と言った時も作らせてくれました。母は当然猛反対です。火が危ないと。
それを父は「せっかくやりたいと言っているんだからやらせてやりなさい」と言ってくれて、いざやることに。しかし母がずっと台所の入り口で監視しています。それを見た父は「見ていると晃代が落ち着かないから一人でやらせてあげなさい」と母を台所から引きはがし、私を一人にしてくれました。
結局ホットケーキは焦げました。それでなくても「あーあ。。。」と落ち込んでいるところに母のそれ見たことかと言わんばかりの「誰が食べるのこんなもの!もったいない!」と怒ったのに対し、父は「せっかく作ったものにそんなこと言うな、誰だって最初は失敗する。もう二度と作らなくなるぞ」と言ってくれたのも覚えています。
その後、母といる間は本当に二度と作らなくなったわけですが。

父のことは、好きか嫌いかで言うと「好き」。

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母によると、父は浮気してたらしいですがね。でも父の方が好きです。
やることなすこと全部抑えつけて自分の思うとおりにやらせた母と違って、父は私の自主性を大事にしてくれました。私は母と電話するときはイライラして仕方ないのですが、父と電話するのは平常心でいられました。
とはいえ私が自立してもう5年、父からは二十四節気ごとにメールが来ましたが私からはほとんど電話もメールもしませんでした。何を話したらいいのか分からないのです。そんななので、父が病気で入院した時に見舞いに行ってもあんまり会話らしい会話はせずに帰宅してしまいました。
いやほんと、母と結婚していなければ普通のオッサン・オジイサンとして余生を過ごしただろうにと思うと、運命って残酷だなと思います
母は母で、結婚してから貧乏暮らしになっちゃって父の浮気もあるみたいだし、私だったら離婚してるよなと思うところはありますが、私への接し方があるので私は母のことが好きではありません。
今でもたまに「あんたママよりパパのことが好きなの?なんで?意味が分からない」と言われますが、私から言わせれば愚問ですよね。
さて、次回は私のブログにちょいちょい出てくる「友人」について書きます。この友人がいなければ、私はそれこそもっと歪んだ人間になっていたと思います。
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