徳永について_12_母のこと1

11回目ですね。
今までずっと母の悪い面ばかり強調してきたので、この辺で母がどんな(悪影響を私に与えた)人かを紹介します。
母は私の反面教師です。ここまでいい話が出ないのもすごいと思います。

悪いことを連想させるものは排除する

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・先生が赤ペンや青ペンで私の名前を書くと即クレームを入れる
→「なんで赤で人の名前を書くの気持ち悪い!」からの電話で「赤色で子どもの名前はちょっと。。書かないでくださいね〜。」
・先生が赤ペンで花丸をくれると先生の悪口を言う
→「なんで赤で書くの気持ち悪い!何も知らないのかあの先生は」なお、赤が嫌な理由は「血の色だから気持ち悪い」とのことでした。私は赤色で名前を書かれたからといって何とも思いませんし、せっかく花丸をくれて嬉しかったし「先生大好きー」になってたのに、気分が台無しになりました。そのくせ、赤色の車を見ては「かっこいい!」赤色の鞄をみては「良い色だ」と言うのです。母親様の鞄もそういえば赤色系統だったなぁ。もう意味不明です。気持ち悪いんじゃないのかよ。

・順番待ちで「4番」の札を渡されると別の番号に変更させる。
→「4は読み方で死とも読める、気持ち悪いから交換してください!」
スタッフさんは最初は「いえ順番ですから」と言っていましたがゴネてゴネまくって強引に番号札を変更させました。あの時のスタッフさんの顔ときたらもう。これを目にしたのは小学生のたしか低学年だったと思いますが、当時も恥ずかしかったです。

・「最後」という言葉が大っ嫌い
→たとえば、あと何が残ってる?と聞かれて「今のが最後〜」と答えようものなら「ああもう、最後って言葉は使わないの!縁起が悪い!使っちゃダメ!」と言われました。そして誰かが〜たとえTVの中の人でも〜「いやぁもうこれで最後にしたいですね」と言うのを聞いた時も「なぁーにが最後なの、なぁーにが。気持ち悪い言葉を使って、ばっかばかしい」と言ってました。

とにかく家事を手伝わせない

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・布団の上げ下げ→「邪魔邪魔邪魔!どいてママがやる。」
(実家では居間で寝起きも食事もしてました)
・洗濯物を干す→「干す位置が違う!ママがやる方が早い、どいて」
・洗濯物を取り込む→「ママがやる方が早い、どいて」
・洗面所を掃除→「汚い!やらなくていいの!道具置きなさい早く!」
・料理を手伝う→「邪魔!大人になればできる、やらんでいい!」

しまいには「大人になったら自然とできる、ママがそうだった。だから何もしないでいい」と言う始末です。

家庭科の授業ではキュウリもろくに切れず、インスタントみそ汁すら「味噌を湯に溶かす」ことを知らず、リンゴの皮むきは芯だけ残る始末。アイロンをかけさせればやり方が分からない。先生から「あのねぇ、そんなんで皺が伸びるかYO!」と笑われました。

そして学年は違えど2人の先生から「もっとお手伝いをしなさいね」と言われて理不尽だと思いましたし、この先生たちにはきっと何を言っても聞いてもらえないだろうなと思って黙殺していました。

ママの望みはアナタの望み

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「銀行に就職しなさい」「アナウンサーになりなさい」「海外留学して英語を学びなさい」などなど、とにかく私の進路希望は総無視でした。その影響か、私は中学生になっても進路は「なんとなく親が望むもの」で考えていました。
なんせことあるごとに言われるのです、例えばテレビの出演者が銀行マンだった時、テレビのアナウンサーがかっこよかった時などに。私が何度「興味ない。ていうかそんなお金がどこにあるの。私の進路は自分で決める、もうそういうこと言わないで」と言ってもママが正しいからそうしなさいの一点張りで聞く耳なし。
私はいつしか自分の進路を「自分がなってもいいと思うもので親にもOKされるもの」を考えるようになっていました。後悔しているかどうかで言うと後悔してます。
今にして思えばあの短大の教育は私を人間的に大きく成長させましたからそういう意味では良かったのですが、学費面でみると同じ学科でも学費が安いところに行けばよかったなという思いです。
ちなみにこの短大にしたのも「そこにしなさい。ほかはダメ」という母親様の強い強烈な希望からです。こうして母は私から「行動する力・自分で考える力・発信する力」を奪っていきます。
さて、次回も母について書きます。
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